映画  Les émotifs anonymes
18/01/201716:00 Yusuke Kenmotsu

アガリ症の2人

 
 
2010年のジャン=ピエール・アメリス監督作品。彼にとって長編7作目の本作は、日本では劇場未公開ながら、2011年にフランス映画祭で上映され観客賞を獲得している。


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アメリス監督はどんなジャンルの作品でも器用にこなす職人監督といった印象だ。日本で初めて紹介された『デルフィーヌの場合(1998)』では、15歳の少女が淡い恋心の末に性を売り物にしてしまう衝撃的な物語、『ベティの小さな秘密(2006)』では10歳の少女が精神病院から脱走してきた青年と出会い、秘密の交流を深める物語といった、それぞれの年代ならではの少々危険な出会いや冒険を描いている。そうかと思えば「もう一つのヘレン・ケラー物語」と言われるような、耳も目も不自由な少女マリーと彼女の教育係の修道女マルグリットについての実話に基づく作品『奇跡のひと マリーとマルグリット(2014)』を撮っている。あるいは『ヴィクトル・ユゴー 笑う男(2012)』ではヴィクトル・ユゴーの古典を格調高い悲劇に仕上げている、といった具合にジャンルを問わず上質な作品を連発するアメリス監督による本作『匿名レンアイ相談所』は大人の恋愛コメディだ。
 
本作は小さなチョコレート工場を経営するジャン=ルネ(ブノワ・ポールヴールド)とその工場に営業担当で採用されたアンジェリック(イザベル・カレ)の恋模様を描いている。ラブコメにありがちな不倫劇や三角関係といったものは本作にはない。本作の特徴は主人公の2人が共に極度のアガリ症で、恋愛映画にはおおよそ不向きなほど恋に奥手なところである。この映画で彼らの恋敵といえばせいぜい自分たち自身なのだ。



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ジャン=ルネは精神科医のカウンセリングを受けており、アンジェリックはアガリ症の人たちが集うグループセラピーに通っている。グループセラピーといえば映画ではアルコールや薬物依存のためのものがしばしば見られるが、そのアガリ症版といった様子で、輪になって各々の体験を語り、皆で共有し症状の克服を目指すものだ。アガリ症のセラピーはこの映画のためだけの創作かといえば、そうではなくアメリス監督自身が以前通っていたこともあり、そのことが本作の出発点となっている。

緊張すると過呼吸になり気絶してしまうこともあるアンジェリックと、アガリ症であることが周囲にばれまいと従業員に対して威圧的にふるまうジャン=ルネの恋路はかなり険しい。レストランでの初めてのデートでは、会話はたどたどしく注文することすらままならない。会話を途切れさせまいとアンジェリックが事前にメモしていた内容(中東情勢やサッカーのチャンピオンズリーグの話題)は全く興味を持ってもらえない。それどころかジャン=ルネは落ち着きがなく、食事中に何度も席を立ちトイレへと向かう。彼はトイレへ行くたびに緊張で汗まみれになったシャツを事前に準備していた新品に着替えていたのだ。しかしながら着替えたシャツの柄が明らかに違うと後になって鏡を見て気づいたジャン=ルネは、恥ずかしさのあまりアンジェリックに別れも告げずレストランから逃げ出してしまう。



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アメリス監督作品は映画史的記憶を呼び起こすようなシーンや人物がしばしば登場する。『デルフィーヌの場合』でヒロインを見守る守護天使のような映画好き少年は、デルフィーヌを『肉体の冠(1952)』という名作映画に誘い、(ほぼ無視されるが)映画の話ばかりしている。『ベティの小さな秘密』はそもそも『シベールの日曜日(1962)』と『ミツバチのささやき(1973)』を合わせたような物語である。本作の初デートのシーンで『ゴッドファーザー(1972)』を思い出すのは少々強引だろうか。敵対するギャングのボスとの会談を前にアル・パチーノが拳銃を隠しておくのは、本作のシャツの隠し場所と同じでトイレの個室の上方のタンクの中だ。アル・パチーノが事を終えて正面から出て雑踏に消えていくのに対し、本作のジャン=ルネが窓から逃げ出すのはご愛敬。

アンジェリックが『サウンド・オブ・ミュージック(1965)』の「自信を持って」を唄うシーンもあり映画ファンはニンマリさせられるだろう。
 


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アガリ症という共通の特徴を持った2人の恋愛の速度はあまりにもゆっくりしている。お互いの理解やチョコレートへの愛情、愛すべき仲間たちのおかげでなんとかこの恋愛喜劇は彼ららしい幸福な方向へと向かうだろう。速度がゆっくりといえば彼らの恋愛の速度のようにゆったりとした、映画史上まれに見る低速での車の追跡シーンも本作の必見の名場面である。
 

 再放送:1月19日(木)23:00


1982年生まれ。京都市在住。 古今東西の映画や国内外の映画祭を愛す。 フランス映画に惹かれたきっかけは、印象派絵画の巨匠オーギュスト・ルノワール の次男坊という興味で観始めたジャン・ルノワール監督作品との出合いから。 人生の悲喜交々を、自然や天候と戯れるような大らかさや女優たちへの少しばかり 淫らな視線、画面の構図、色彩感覚といった父親譲りの才能で描き出された彼の 作品群で映画の歓びを知る。 フランス映画以外ではアメリカのフィルム・ノワールや西部劇が特に好み。 映画検定一級取得。

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