映画  REMORQUES 『曳き船』
07/02/201717:55 Yusuke Kenmotsu

助けた女に誘われて


 
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1941年のジャン・グレミヨン監督作品。1901年生まれのグレミヨン監督が音楽家になろうとパリに上京した頃は、まだ映画は音声を持たずサイレント映画の時代であった。映画の上映の際は無音のままでは面白くないのでスクリーンの脇でピアノ伴奏を付けたり、いくつかの楽器を伴ってオーケストラの演奏をしていた。洋の東西を問わずサイレント映画と生演奏はセットになっており、日本では独自の文化として音楽にプラスして、活動弁士が役者の代わりに台詞を吹き替えたり物語の解説を行ったりしていた。そんな時代にグレミヨンはパリの映画館で伴奏音楽のバイオリニストとして働く事になる。これが彼の映画業界との出会いである。その後映写技師(当時のカメラは撮影と映写をひとつの機械でやっていたので=撮影技師)のジョルジュ・ペリナールと出会い、一緒にドキュメンタリー作品を作っていく。このドキュメンタリー出身というのが劇映画になっても独特のレアリスムを生み出している。一方この表現方法が時代より早すぎたのか、同時代のルネ・クレール監督やジュリアン・デュヴィヴィエ監督に比べると、グレミヨン監督の世間での評価は高くなく、「呪われた映画作家」とさえ言われていた。

その呪いがやっと解けてきたのか最近になってヨーロッパを中心にジャン・グレミヨン監督の特集上映が各地で行われている。日本でも数年前に短編を含めると12本もの作品が一挙に上映され映画ファンに新しい発見の喜びをもたらした。

呪われていたとはいえ、多くのフランス映画をこき下ろしていた批評家時代のヌーヴェルヴァーグの面々からは支持されていたり、イタリア出身で『暗殺の森(1970)』や『ラストエンペラー(1987)』のベルナルド・ベルトルッチ監督は『シェルタリング・スカイ(1990)』という『曳き船』の男女を裏返したような作品の中で『曳き船』のポスターを映しオマージュを捧げていたりと、個性的な映画作家たちを虜にする魅力があったのだろう。
 


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本作に出てくるサイクロン号という曳航船は海が荒れて難破した船を陸まで引っ張っていくのを仕事としているので、海難救助船のようなイメージだ。その船長を演じるのがジャン・ギャバン。『愛慾(1937)』に続くグレミヨン作品だ。

オープニングは船員の結婚式から始まるのだけれど、その会場の外観をまるでヘリコプターや今ならドローンで撮ったような空撮(もどき)にまず驚かされる。ミニチュアの建物をそれらしく撮っているのだけのことなのだが、技術が素晴らしい。本作の海のシーンでの、船の遠景はミニチュア、船内はセット、時々実景をはさむといったきめ細やかなテクニックで荒れ狂う海を巧みに表現し、サスペンスを盛り上げる演出には目を見張るものがあるし、恐らく日本のゴジラやウルトラマンといった特撮ファンも満足することだろう。
冒頭の陽気な結婚式のシーンでは滑らかにカメラを動かしながら、登場人物のほとんどを紹介するだけに留まらず、物語の展開を予告するように浮気の噂話をする船員をチラッと映し祝祭的なムードに水を差す。そして式の最中にSOSの呼び出しがあり船長アンドレ(ジャン・ギャバン)は船員たち(新郎を含む)と仕事へと向かうのだ。

難破しているのはミネルヴァ号という船で、強欲で船員の命などなんとも思っていない船長に嫌気がさした妻カトリーヌ(ミシェル・モルガン)はミネルヴァ号からボートで脱出してアンドレたちに助けられる。これがアンドレとカトリーヌの出会いとなる。



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アンドレの妻イヴァンヌ(マドレーヌ・ルノー)は心臓に持病があるがアンドレを心から愛している。冒頭の結婚式の花嫁を家に泊めたイヴォンヌは、夫への愛情を語りながら夫の危険な仕事を心配している。室内にあり2人を捉えていたカメラが次第に後退していきスッとそのまま窓を通り抜けるようにして屋外へ。そして外は彼女の心情を表すかのように雨が降っている。彼女の心配どころか病のことすら知らぬアンドレは、助けてもらったお礼がしたいというカトリーヌに招待され会いに行く。お互いの妻や夫にはない魅力を感じあった2人は瞬間的に恋に落ちてしまうのだった。
 
『曳き船』に対して展開が唐突すぎるといった批評を目にすることがあるが、脚本に詩人のジャック・プレヴェールが参加しいて、レアリスム表現の監督グレミヨンなので、雷、雨、暴風といった自然現象や、船と船をつないだ綱のたわみ、晴れ渡り真っ白な砂浜で散歩するということが物語や人物の感情の変化を詩的に補っている。

だからカメラはアンドレの妻の最期を直接映すようなことはしない。カメラは慎ましく部屋の外で待機して余白を与えるのだ。殺人のシーンがある作品でも殺人を直接描かず余白を与え、「その後」を見事に描いてきたグレミヨンらしく、本作の「その後」のジャン・ギャバンの静かな演技、表情は凄まじい。
 


REMORQUES 『曳き船』
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1982年生まれ。京都市在住。 古今東西の映画や国内外の映画祭を愛す。 フランス映画に惹かれたきっかけは、印象派絵画の巨匠オーギュスト・ルノワール の次男坊という興味で観始めたジャン・ルノワール監督作品との出合いから。 人生の悲喜交々を、自然や天候と戯れるような大らかさや女優たちへの少しばかり 淫らな視線、画面の構図、色彩感覚といった父親譲りの才能で描き出された彼の 作品群で映画の歓びを知る。 フランス映画以外ではアメリカのフィルム・ノワールや西部劇が特に好み。 映画検定一級取得。

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