映画  OSCAR 『オスカー』
28/04/201710:43 Yusuke Kenmotsu
嘘と誤解とルイ・ド・フュネス
 
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1967年のエドゥアール・モリナロ監督作品。彼が短編で監督デビューしたのが1946年で、その後は常に第一線で活躍し続け、キャリアの後半は活躍の場をテレビへと移しながら、60年以上にわたって数多くの作品を世に送り出してきた。『Mr.レディ Mr.マダム(1978)』の印象が強いためかコメディ作家と思われがちだが、初期は『殺られる(1959)』や『彼奴を殺せ(1959)』など引き締まったサスペンスを連発していた。テレビドラマの演出も合わせれば80本近く演出している彼にとって『オスカー』は一つのターニングポイントであったと言える。それは『オスカー』以降モリナロ監督がコメディに傾倒していったからであるが、もちろん多作の監督なので『オスカー』以前にコメディはあるし『オスカー』以降にサスペンスもある。しかし一般的には本作『オスカー』が節目とされている。
 
そんな『オスカー』の主演はルイ・ド・フュネス。ジェラール・ウーリー監督作品などで他のコメディアンと共演の際は、相手のキャラクターや芝居に合わせたコンビネーションで笑いを作り上げる。一人一人別の楽器を持ってアンサンブルを構成するイメージだ。一方コメディアンが一人の本作のような場合のルイ・ド・フュネスはそのハイテンションと大きな身振りで笑いの部分をすべて担っている。一人で大合唱をしたり、一人でオーケストラを奏でたりするような、一見強引すぎて無謀とも思えるようなスタイルだが、これが成立するのがルイ・ド・フュネスのすごいところである。
 
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『オスカー』の原作は舞台用に書かれた戯曲である。冒頭でキャスト、スタッフのクレジットが出ている間、車に乗ったクリスティアン (クロード・リッチ)という青年が、雇い主である不動産ディベロッパーのベルトラン(ルイ・ド・フュネス)の邸宅に会いに行く。クリスティアンが家の中に入ってからというもの、カメラは戸外に出ることはなく、舞台劇さながら物語はベルトランの家の中だけで展開される。多くの人物たちがこの建物を出たり入ったりする中、ベルトランはカメラ同様外に出ることはなく、大きな屋敷の中を上へ下へと所狭しに駆け回る。

午前8時にクリスティアンがやって来た目的は、昇給を頼むためであった。婚約者の女性には高級取りと嘘をついているので給料を上げてほしいという無茶苦茶な要望なのだが、その婚約者というのがベルトランの娘だと言う。要求が叶えば以前から横領して貯めていた6000万フランを宝石にしたものを返すとスーツケースを差し出す。

 
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ところがクリスティアンがベルトランの娘と思っていた女性も嘘をついており、勢いで大富豪ベルトランの娘と名乗ってしまっていたのだ。その女性ジャクリーヌがやって来たリ、本当のベルトランの娘コレットの妊娠騒動があったりとベルトランは発狂寸前だ。
さらにメイドの女性は金持ちとの結婚が決まって、荷物をまとめて出ていき、クリスティアンは会社の金庫から6000万フラン盗んだと言って帰ってくる。
 
かなりハチャメチャな映画で呆気にとられるような内容ながら、人物の出し入れや関係性、小道具の使い方などかなり練られた脚本は無視できない。3つ出てくるスーツケースでお金や宝石が入っていると期待して開けるとメイドの下着が出てくるという何度も繰り返されるギャグはルイ・ド・フュネスのリアクションの効果もあり痛快だ。

舞台版でも何度も同じ役を演じているというのだから、本作はルイ・ド・フュネスの代表作の一つと言っていいだろう。嘘と誤解の間で大騒ぎするルイ・ド・フュネスが最高に楽しい作品であった。
 

OSCAR 『オスカー』
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1982年生まれ。京都市在住。 古今東西の映画や国内外の映画祭を愛す。 フランス映画に惹かれたきっかけは、印象派絵画の巨匠オーギュスト・ルノワール の次男坊という興味で観始めたジャン・ルノワール監督作品との出合いから。 人生の悲喜交々を、自然や天候と戯れるような大らかさや女優たちへの少しばかり 淫らな視線、画面の構図、色彩感覚といった父親譲りの才能で描き出された彼の 作品群で映画の歓びを知る。 フランス映画以外ではアメリカのフィルム・ノワールや西部劇が特に好み。 映画検定一級取得。

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