映画  LES MARIES DE L'AN DEUX 『コニャックの男』
14/01/201805:01 Yusuke Kenmotsu
フランス式離婚狂想曲
 
1970年のジャン=ポール・ラプノー監督作品。ラプノー監督は1960年代にルイ・マル監督作品『地下鉄のザジ(1960)』や『私生活(1962)』、フィリップ・ド・ブロカ監督作品『リオの男(1964)』などの脚本家としてキャリアをスタートさせた。このころから彼が手掛ける脚本には独特のテンポがあり、物語は流れるように展開される。共同脚本にも自ら参加した本作『コニャックの男』では主演のジャン=ポール・ベルモンドの飛びぬけた身体性もあり、重厚になりがちなフランス革命を舞台にした物語が、跳ねるような軽やかさで展開される。

他のスタッフではフランス映画音楽の大家ミシェル・ルグランがバロック調の音楽で、撮影のクロード・ルノワールが祖父や父譲りの見事な色彩感覚で、歴史絵巻的な雰囲気や品格を映画に定着させている。

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物語は18世紀末、フランスでは革命の嵐が吹き荒れる中、二コラ・フェリベール(ジャン=ポール・ベルモンド)という男は、フランスから船の甲板の下に隠れてアメリカへとやって来た。もちろん密航であったので、身分証も無ければ金も無い。5年後という字幕の後、二コラはあっさりとサウス・カロライナで穀物商を営む大富豪の一人娘と結婚することになる。こうしたいい加減と言ってもいいほどの、時間とエピソードの処理の仕方がラプノー的なリズムを生み出し勢いよく物語は転がっていくのである。

結婚式の当日、参列者から異議が唱えられる。それは二コラがすでにフランスで結婚していたというものであった。実際二コラにはフランスに妻がいた。1792年に離婚法が成立し、離婚ができることを知った二コラは、船にたっぷり穀物を積み込んで離婚をするためにフランスのナントへ向かう。二コラの積み荷を見て、自分たちへの食糧供給と思った革命軍は二コラを英雄扱いし、パーティーを開いてドンチャン騒ぎを繰り広げる。革命軍のリーダーが演説しようと壇上に行くと、歌姫に扮した王党派の美女ポーリーヌ(ラウラ・アントネッリ)が暗殺しようと拳銃を取り出す。これは失敗に終わり、ポーリーヌは捕らえられてしまうのだけれど、革命派も王党派もない二コラにとって最も重要な理由(ポーリーヌが美人であるということ)により彼女を救い出す。

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王党派を指揮するゲラント(サミー・フレー)という男はポーリーヌの兄であった。大切なポーリーヌを助けたということで王党派からも英雄扱いされる二コラの目に飛び込んできたのは、離婚しなければならない妻シャルロット(マルレーヌ・ジョベール)であった。当のシャルロットは二コラとは死別したことにして、ゲラントと結婚の約束をしていたのだが、二コラが帰ってきたからさあ大変。
 
好きだ嫌いだといった恋のさや当てのラブコメ的な筋立てが、壮大な歴史絵巻の中で行われているのが本作の特徴で、クライマックスの戦闘シーンでの群集など歴史スペクタクル作品を観ているような画面の充実ぶりだ。そんな中、飛んだり跳ねたり踊ったり、縦横無尽、東奔西走右往左往の活躍を見せるジャン=ポール・ベルモンドのアクションやリズムは離れ業の域に達している。本作において彼の存在こそが、ラプノー的リズムを生み出す最大の要因だ。壮大な3時間級の内容を94分程度に収める職人技には感心せずにはいられない。
 
1982年生まれ。京都市在住。 古今東西の映画や国内外の映画祭を愛す。 フランス映画に惹かれたきっかけは、印象派絵画の巨匠オーギュスト・ルノワール の次男坊という興味で観始めたジャン・ルノワール監督作品との出合いから。 人生の悲喜交々を、自然や天候と戯れるような大らかさや女優たちへの少しばかり 淫らな視線、画面の構図、色彩感覚といった父親譲りの才能で描き出された彼の 作品群で映画の歓びを知る。 フランス映画以外ではアメリカのフィルム・ノワールや西部劇が特に好み。 映画検定一級取得。

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