映画  MERCI POUR LE CHOCOLAT 『甘い罠』
04/02/202015:22 Yusuke Kenmotsu
ココアをこぼす女
 
2000年のクロード・シャブロル監督作品。ヌーヴェルヴァーグの代表的な映画作家であるシャブロル監督の長編デビューは1957年の『美しきセルジュ』なので、本作はキャリアのかなり後半の作品である。批評家時代からヒッチコックを敬愛していた彼の作風もヒッチコック的なサスペンス・スリラーが多く、本作ではその演出も円熟の域に達している。

原作は女性ミステリー作家シャーロット・アームストロングの『見えない蜘蛛の巣』である。以前からアームストロングの『風船を売る男』を『破局(1970)』として映画化したり、『疑われざる者』へのオマージュとして『仮面(1987)』を作ったりとシャブロル監督のお気に入りの作家だ。『甘い罠』では原作がデザイナー志望の画学生と有名画家の物語だったものを、ピアニストの話に置き換えている。コンクールの課題曲がフランツ・リストの「葬送」ということもあり、映画に死のイメージを響かせている。

本作は全編スイスのローザンヌが舞台となっている。そのためか普段は組むことのないスイスを代表する名カメラマンであるレナート・ベルタが参加しており、彼らしい繊細な画もこの映画の魅力である。。
 
著名なピアニストのアンドレ(ジャック・デュトロン)とスイスの大チョコレートメーカーの創設者の娘で経営者のミカ(イザベル・ユペール)の結婚式で物語は始まる。彼らはミカが18歳の時に一度結婚していたという。その後別れて、アンドレはミカの親友リズベットと結婚しギヨーム(ロドルフ・ポリー)という息子が生まれるが、リズベットはギヨームが10歳の誕生日に奇妙な事故で亡くなったようだ。

 
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この地方では有名な2人の結婚とあって式には市長など街の有力者たちが駆けつけている。市長の呼びかけで市の広報課のカメラマンがアンドレ、ミカ、ギヨームの3人の写真を撮ることになる。その写真が掲載された新聞がきっかけで、ピアニストを目指す若いジャンヌ(アナ・ムグラリス)は自分が赤ちゃんの頃に病院でギヨームと新生児取り違えにあいそうになったと知る。実際のところ取り違えは起こらなかったと聞かされても、ジャンヌはもしかしたらアンドレが自分の本当の父親ではないかと思い、突然彼の家を訪ねる。急な訪問であったにもかかわらずジャンヌは思いのほか歓待を受け、アンドレからピアノのレッスンをしてもらうことになる。ミカからはアンドレの前妻リズベットの写真を見せられるのだが、その時ミカはジャンヌの後ろでココアの入った魔法瓶をひっくり返してしまう。写真に反射して後ろのミカの様子が見えていたジャンヌは、ミカの行動を不可解に思い、床を拭く際にセーターに付いたココアの成分を、帰ったあとで科学捜査研究所に勤める恋人に分析してもらう。この分析結果でココアに睡眠薬の成分が入っていることが分かり、ジャンヌはミカを怪しく思いながらも、同時に興味を覚えて、その後もこの家にピアノレッスン受けに通うようになる。本来このココアはギヨームが飲む予定であったもので、ミカはなぜ睡眠薬を入れたのか、またなぜ自分で入れた睡眠薬入りのココアをわざとこぼすようなことをしたのかという謎が浮かびあがる。そもそもリズベットの死にも彼女が絡んでいるのではと思うのも当然なのだが、アンドレもギヨームも全くミカを疑っていないため、本作ではジャンヌが探偵役となって真相に迫っていく。

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画面内に直接的な暴力や犯罪を描くことなく、次第にミカという人物の影の部分が見え始め、緊張感が場を支配していくというのは、シャブロル監督らしい繊細な演出だ。見えない緊張の糸を張り巡らせ、蜘蛛のように中心で待ち構えるイザベル・ユペールの不気味さは本作でも素晴らしい。

足に火傷を負ったギヨームのためにミカが差し入れた映画のビデオテープはジャン・ルノワール監督の『十字路の夜(1932)』とフリッツ・ラング監督の『扉の陰の秘密(1947)』というシャブロル監督らしい渋い犯罪映画なのだが、一方は睡眠薬が、もう一方は前妻との息子が出てくる作品ということで、引用された映画について考えをめぐらせるのもヌーヴェルヴァーグの監督たちの作品を観る楽しみの一つといえるだろう。
 
 
1982年生まれ。京都市在住。 古今東西の映画や国内外の映画祭を愛す。 フランス映画に惹かれたきっかけは、印象派絵画の巨匠オーギュスト・ルノワール の次男坊という興味で観始めたジャン・ルノワール監督作品との出合いから。 人生の悲喜交々を、自然や天候と戯れるような大らかさや女優たちへの少しばかり 淫らな視線、画面の構図、色彩感覚といった父親譲りの才能で描き出された彼の 作品群で映画の歓びを知る。 フランス映画以外ではアメリカのフィルム・ノワールや西部劇が特に好み。 映画検定一級取得。

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